ムール ア・ラ ムール 湘南小麦プロジェクトのパン屋

右にクジラ?のモニュメントが グルメ
右にクジラ?のモニュメントが

以前紹介した、伊勢原市三ノ宮の奇妙なセブンイレブンしかり。日本一まずいラーメン屋しかり。伊勢原市には辺鄙な立地であることをものともせず、広い地域にファンをもつ有名店というものが多い。
その理由というのはきっと、国道246号を車で日常的に行き来するような人が、毎日のルーティングに飽きてちょっと寄り道ついでに意外な優良店を発見。どうしても誰かに教えたい!という気持ちを抱き、それが大きな口コミ力になったということなのだろう(まあ、件のセブンイレブンは残念ながら、オーナーが変わったのか独自性を失ってしまったみたいですが…)。そもそも伊勢原というのは、つい寄り道をしたくなるような場所なのだ。なにせ国道246号の下り方面では、渋滞することの多い善波峠の直前に当たるということもある。

伊勢原市の伝説的パン屋 ブノワトン

さて、かつてそうした口コミ網で伊勢原の有名なパン屋として名を轟かせていたのが、”ブーランジェリー ブノワトン”というお店だ。フランス料理出身の高橋幸夫シェフが1999年にオープンしたブノワトンは、それまでパン作りに不向きとされていた国産の小麦を使って、国産のパンを模索する店として有名だった。現在でこそ国産小麦パンを店頭で見かけることも多いが、1999年当時は輸入小麦と国産小麦の市場価格差も大きかったため、国産小麦パンはコストがかかって出来もイマイチというのが常識であった時代である。
良くあるパン屋とブノワトンの違いは、ブノワトンの国産小麦パン追求の姿勢である。まず原材料となる小麦栽培を周辺地域に根付かせ、小麦の精麦はミルパワージャパンという名称の自前の工場で引き受ける。そして製粉済みの小麦を自分達のパン屋で使うのは勿論、それ以外にも地域のパン屋にあとは挽くだけの状態で卸す、といった地域の小麦栽培文化の根支えまで視野に入っていた。この取り組みは湘南小麦プロジェクトと名付けられ、様々な媒体で紹介された結果、湘南小麦のパンが首都圏のパン業界において一定のブランド力を持つにまで至った。

ブノワトン閉店とムール ア・ラ ムールの開店

このブノワトンと湘南小麦の創業者である高橋氏は、2009年に病気のため帰らぬ人となる。ただ当時ブノワトンで働いていたスタッフを中心に、湘南小麦の伝道師のごとく各地でパン屋を開店し、高橋氏の取り組みの灯りを絶やすことはなかった。
伊勢原市のブノワトンの店舗とミルパワージャパンの工場についても、スタッフの1人である本杉正和氏が引き継ぎ、パン屋の方は”ムール ア・ラ ムール”という名称で2010年に再出発する。伊勢原市の地元でブノワトンを愛顧していたファンは、引き続き湘南小麦という夢の続きを間近で見ることができるようになった。

伊勢原市板戸にある店舗と営業日

ムール ア・ラ ムールの店舗は、小田急小田原線伊勢原駅と鶴巻温泉駅の間にある。国道246号線を車で走り、板戸という名称の信号のところで、小田原線側に曲がる。

神奈川県伊勢原市板戸645-5

すると木目地の外壁とクジラが地面から飛び出すモニュメントがあるオシャレな店があるはずだ。

ムール ア・ラ ムールの看板

ムール ア・ラ ムールの看板

右にクジラ?のモニュメントが

右にクジラ?のモニュメントが

店舗内では、通常のパン屋と同じように陳列されたパンや菓子類をトングで取って、正面のカウンターで会計を行う。パンの他に輸入オリーブオイルやジャム、早い時間帯に行くと店先で無農薬野菜を売っていたりする。人気のパンは早々に売り切れてしまうので、営業開始時間の10:00に必ず着くくらいの気持ちで向かいたいところだ(営業日は毎週金〜月の4日間)。

湘南小麦パンの数々

このお店の特徴的なパンといえば、何と言っても国産小麦の表皮部分であるふすまを残して石臼挽きしたパンである。

石臼プチパンはこんがりしっとり

石臼プチパンはこんがりしっとり

ふすまの残った粉で焼き上げたパンは、表面がこんがりカリカリで風味深く、煎餅を口に運んでいるかのようである。一方中はしっとりふわふわ。2つの相反する食感を同時に愉しむことが出来る。そして、表面からこぼれ落ちる粉の一粒一粒にまでしっかりと風味があって驚く。

石臼挽きでないパンの生地色は薄めだ

石臼挽きでないパンの生地色は薄めだ

甘いシナモンシュガーがたっぷり塗られたフレンチトースト。一見するとくどそうだが

甘いシナモンシュガーがたっぷり塗られたフレンチトースト。一見するとくどそうだが

中は水分多めで、味のバランスをつくる

中は水分多めで、味のバランスをつくる

総菜パンや菓子パンなどパン生地が脇役となるパンも多いのだが、それぞれについてパン生地部分が適切な食感や・バランスをもつよう調整されているようだ。これはお店が粉の生産者でありその特徴を熟知しているからこそ、生地作りにおける引き出しの多さが実現できているのだと気付く。

湘南小麦プロジェクトには他にはない強みがある

つまり湘南小麦というプロジェクトは、国産小麦でパンを焼く事が難しかった時代からの工夫の歴史でもあるのだ。重ねて言うが、現在では国産のパン用小麦は珍しくなく、少々アンテナの高いパン屋であれば国産小麦パンを置いている。ただパン作りに国産小麦を使う事のメリットを、ポストハーベストの心配がない以外の理由で示せるパン屋というのはほとんどないのではないだろうか。
湘南小麦プロジェクトは、国産小麦栽培の奨励で日本人的な自尊心を満たすという出発点から始まったプロジェクトではないだろう。どちらかというとパンの作り手がより良いパン作りを目指したとき、輸入された製パン用の小麦粉を無疑問に使用し続けるよりも、パンに使われる小麦の栽培・製粉・管理を手許に置いて、試行錯誤を加えて世に出したいという思いが形になったものではないだろうか。小麦の相場が動いたり、新たな製パン用小麦の品種が登場したり、色々な理由によって国産小麦とパン作りの結びつきというものは、揺らいでしまう可能性があるだろう。けれどもそういったことがあっても動じない、パン作り職人の目をもって具現化されたプロジェクトであるということが、湘南小麦プロジェクトの強みと言えるのではないだろうか。

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