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平塚ゆかりの偉人村井弦斎と村井弦斎公園

わりと大きめの自治体には、必ずその自治体がプッシュする偉人がいる。とは言っても、全国の自治体その全てが偉人を輩出しているわけではないから、自治体住民ですら「誰?」と思うような人物をプッシュしてしまうケースも多々ある。
平塚市が最近プッシュし始めたのは、「村井弦斎」なる人物。明治・大正時代に活躍したジャーナリストということだが、歴史の教科書に登場することもないので、「誰?」と聞き返す人も結構いることだろう。プッシュは大失敗だ。

でも、この人物の生涯について調べていくと、現代の視点から眺めても相当面白いことを行っていたりする。また、明治時代の当時で10万部売れたほどのベストセラー小説を書いていることや、報知新聞の編集長にまでなったこと、あるいは名家の娘をもらった身として、当時の中央の政財界に人脈が広くあったことなどから、村井弦斎を中心とした創作物でも世に出れば、エピソードの面白さもあって途端に知名度も上がるであろうと思われるのである。つまり、平塚市は先物買いをしたのだとポジティブに捉えたい。

村井弦斎ってどんな人物?

ということで、このサイトでも先物買いに乗ろう。村井弦斎(本名は寛)が生まれたのは1864年(文久3年)。生まれは平塚市ではなく、愛知県の豊橋市だ。村井家は三河吉田藩に仕える儒者であったが、明治維新の後一家で上京、寛には父の意向で幼い頃から英才教育がされていく。12歳で東京外国語学校露西亜語科に入学するが、健康を害して中退。その後は翻訳などして食いつなぎ、20歳の時に新聞社の懸賞論文に入選、1年間渡米し研究など行った。帰国後は地方の名士の家の食客となり、子息に学問を教えるなどした。彼の生徒に後の日立製作所創業者の小平浪平がいる。国内を旅していた時期も経て、その後1887年(明治20年)に報知新聞客員記者となった。
1895年(明治28年)には編集長となり、その後報知新聞では新聞小説の『百道楽シリーズ』などを連載し、1903年(明治36年)の『食道楽』は10万部のベストセラーとなる。その莫大な印税もあり、1904年(明治37年から)現在の平塚駅の南に広大な土地(1万6400坪!)を購入、婦人とともに隠居し、料理を中心とした研究に励んだ。

代表作の『食道楽』はただの小説ではない

弦斎の『百道楽シリーズ』(ほかに『酒道楽』『釣道楽』『女道楽』がある)は、小説の体をとりつつ当世の道楽について広範な知識を披露する作品であった。『食道楽』についても料理から食材から豊富な知識に溢れており、またこれ自体が当時の家庭の台所における啓蒙書となり得るものであった(なにしろ食材一覧、価格表なども載っている)。つまり、料理指南書と小説のミクスチャーのような新機軸を打ち出しベストセラーをつくりあげたのである。『美味しんぼ』などのグルメ作品の元祖ともいわれるが、弦斎は報知新聞の編集長時代にも紙面の家庭欄を拡充し発行部数を上げるなど、新聞や小説における読者層の移り変わりや潜在ニーズを察知することのできた優秀なアナリストであった。ここら辺は、彼の人生の前半生で度々調査・研究など行っていたことが生きたものではないかと思える。

晩年の彼の動向は小説より奇であろう

平塚に引っ込んでからの弦斎、屋敷では珍しい食材を育て(厩舎まで作り)、各界著名人と料理人を招き料理を披露したりして日々を送る(当時の著名人の別荘地は大磯や鵠沼にあったであろうから、訪問も多かったに違いない)。のみならず、自ら実験台となって断食(35日間!)や塩の採り過ぎの悪影響を調べたり、あげく岐阜の山中に赴き木喰を行ったり、堅穴住居に住んだりとどうもエキセントリックな余生を送ったようだ。とても健康を害してかつて大学を中退した人間には思えないが(笑)。1927年(昭和2年)に、65歳で生涯を閉じる。

村井弦斎公園と平塚市のプッシュ

第二次大戦後行われた平塚市の戦災復興土地区画整理事業の結果、平塚駅南側に弦斎通りという通りが作られ、また弦斎の邸宅を移設して村井弦斎公園も作られることとなった(つまり空襲では失われなかったということなのか)。邸宅は昭和43年に火災で失われたが、いまだ公園部分は残されており、彼をたたえる文学碑などが建てられている。

神奈川県平塚市八重咲町22

平塚市が村井弦斎を市の偉人として盛り上げていく方向となったのは、平成11年から。毎年9月には村井弦斎まつりとして公園を舞台にイベントが行われる。『食道楽』レシピの再現などが目玉となっており、この祭りから生まれたご当地グルメも多い。

村井弦斎公園

村井弦斎公園

で、じわじわプッシュが功を奏したのか、今年3月まで放映されたNHK朝の連続ドラマ小説『ごちそうさん』に、村井弦斎をモデルとした(名前をもじった)室井幸斎という人物が登場するなどして、ほんのちょっとだけ話題になっている。生誕地の豊橋市でも生誕150周年ということで記念イベントを行ったりしているが、なにぶんマイナーな人物なので自治体による取り合いにもなりそうにない(まあ、カレーパンあたりは少し暗雲が立ちこめているけど)。協力してプッシュしていけばよいだろう。

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昔の作品なので、青空文庫に公開もされている。ただし『食道楽』には春夏秋冬と4巻があり、このうち夏の巻はまだ作業中で上げられていない模様。

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